昔・・あのマザーテレサが
『愛の反対は憎しみではなく無関心です』
と言われた言葉が、ずっと心の奥に残っていたのですが
まさに今日、身近にそれを実感するような出来事がありました。
今日、久しぶりに実家に行ってきました
今年に入り母が体調を崩し少し入院していたのですが
無事に退院したのと
同居している兄夫婦の長女が結婚したのでお祝いを持って
母の元気な様子を見に行ってきました。
久しぶりに会った母は、やっぱり以前より少し小さくなっていて・・
でも、意外と元気にしていて良かった
と言いたいのですが・・・
母からこっそりと聞かされたことに、私はかなりショックを受けました。
実は姪っ子が結婚したといっても事情があって
身内だけで写真を撮っただけの簡単なものだったそうです。
今の時代よくあることで・・・・幸せであれば形はどうでもと思います
問題なのはその身内の写真には母と兄(花嫁の父)は写っていない事。
それどころか
母の義妹がお祝いを持って来て下さった時に
はじめて、その写真の存在を知ったそうです。
写真には、当人と相手側の両親と
こちらからは兄嫁と、なぜかその兄嫁の妹(叔母家族)が楽しそうに写っていたそうです。
母はもちろん花嫁の父である兄でさえ呼ばれず状態。
母の義妹にそんな写真を見せた神経も疑います。
だって、その写真には母を除け者にしている証拠写真みたいなものなんですから
しかし、こんなことって、あるのでしょうか?
普通、身内の写真って・・同居している身内の事ではないのでしょうか?
いくら、普段からあまり上手くいってないといっても限度があります。
母は、仕事に行ってる兄嫁に変わり赤ちゃんの頃から
姪っ子を育てたんですよっ
その話を聞いて、悔しいのと情けないのと・・・
一瞬、脳裏にマザーテレサの言葉が浮かびました。
しかも、退院してきた母に面と向かって
「おばあさんが将来寝込んでも私は面倒は見ないから」と言ったそうです。
その事を、話す母がやけに小さくて・・ショックでした。
嫁姑が合わないのは世の常です。
ある程度の揉め事は、口出すことではないと
色々な事情や感情もあるので
あえて何も知らない事にしてきましたが・・
今回ばかりは体の奥から
何も言わない兄と育ててもらった恩を感じない姪っ子を軽蔑しました。
義姉は論外。
そして、今は無理でも
娘たちがお嫁に行き、私たち夫婦が二人になった時
母を引き取ろうと心に決めました。
あと数年・・頑張って生きてほしい。ただそう思うばかりです。
そして・・私にはもう実家というものはありません。
ちょっと・・・辛い1日でした。